私には髪の毛を結んでいた時期が2度ある。1度目は小学生のときで、2度目は高校生から大学生にかけてのとき。1度目の理由は可愛いもので、当時好きだった某錬金術師漫画の主人公を真似したかったというものだった-結局、その長さになる前に中学校に進学し、校則のために髪を切らなければならなかったので達成されることはなかったのだが-。しかし、2度目の長髪にはもう少し複雑な理由があった。それは、私のセクシャリティをめぐる格闘によるものであった。中学の2年生ごろから大学の3年生に至るまで、私はずっと自身のセクシャリティに悩み続けてきた。最近になってようやく気持ちの整理がついてきたので、今回はそれについて書こうと思う。少し長めの自分語りである。
中学生の頃から、私の中では男性嫌悪の気持ちが少しずつ大きくなっていった。そのきっかけは保健体育の授業中に見た、ある性教育の映像であった。その映像の中では、中学生にして望まない妊娠をしてしまった女性と妊娠をさせてしまった男性が描かれていた。細かな内容は覚えていないが、私は男性の身体の持つ暴力性を感じ、それにひどくショックを受けた。女性は妊娠しうるが男性は妊娠しない。そして中絶するにしても出産するにしても、その過程でかかる母体への精神的・身体的な負荷は大きい。その男女間の不均衡はなんとなく知っていたはずであるが、生々しさを持って迫ってきたのはこの映像が初めてだった。私の持つ性的な欲求や身体的な性質が女性に負荷を与える可能性を秘めていることを自覚してから、私は自身の男性性が持つ潜在的な加害者性を強く感じるようになっていく。
私は当時吹奏楽部に所属していたので、仲の良い友人や先輩には女性が多かった。彼女らに私が向けていた感情に対して、私自身の潜在的加害者性を意識する以前には「親愛」というラベルを-無意識的に-貼っていたのだが、次第にこれは「性欲」に由来する、汚い感情なのではないだろうかと思うようになっていった。私は私の感情が気持ち悪くて仕方がなかった。「女性」に対して汚れた視線を向けているのは、邪な感情を抱いているのは、他ならぬ私であるという事実が耐えがたくて仕方なかった。私は自身の性を嫌悪した。私が女性でさえあればこのように苦しまずに済んだのにと思った。男性でなくなってしまいたかった。
高校生になってもずっと同じことで悩み続けていた。私が通っていた音楽科の学級は男性5人に対して女性35人という編成だった。必然的に男子5人でワンセットという雰囲気になるのだが、なんだか私は5人でいるときのノリに馴染めないように感じることがしばしばあった-もちろんこれは過去の話であって、卒業した今はたまに会うなど仲良くしている-。とはいえ、先ほどの図式を引きずっていたので、女性のグループに入っていくということにも抵抗があった。私には、しっかりとした帰属先がないままにふわふわとしている感覚があった。また同時期、男性の集団が苦手になっていた。運動部に所属していて、体格が良く、大人数でわいわいと盛り上がっている彼らは、なんとなく怖くて嫌な存在だった。私が彼らと同じ「男性」というカテゴリーに所属していることを受け入れたくなかった。
私は性の匂いがしないものに憧れていた。タレントの井出上漠さんやゆうたろうさん、『性別モナリザの君へ』という漫画で中性的な性を生きる主人公、憧れのあまり声をかけられなかった線が細くて美しいフルートの先輩などは、私の目にとてもとても美しく映った。私は彼らのようでありたかったが、しかし、私の骨格や顔つきは理想とは程遠かった。憧れている彼らを見れば見るほどに、私の男性性や醜さは強調されるばかりであった。そして私は髪を伸ばすことにした。それはふとした思いつきだった。私は女性に近づきたかったが、どう考えてもそれは不可能だった。ならばせめて、男性から「浮いた」存在になろうと思った。周囲を見ても長髪の男性はあまりいない。「男性」というカテゴリーにおいて、私は異物でありたかった。そして、この時期から私はレディースの衣服を好んで着るようになった-もちろん、ガーリーな服が似合うはずもないことは自覚していたので、男性的でないような色味や柔らかいシルエットのものを手に取る程度ではあったが-。
大学に進学してからというもの、服装はより一層派手になった。女性もののアクセサリーショップに行って、私にも付けられそうな髪留めやイヤリングを探した。ユニセックスで派手なトップスを着て、遠目ではスカートかパンツかわからないようなヒラヒラとしたボトムスを履いた。女性の友人に教えてもらいながら化粧をした。ヘアドネーションで40cm髪を切ってからも、引き続き伸ばし続けていた。
そんなことをしているときに、私に恋人ができた。付き合い始めたときは相変わらず髪を結んでいたし派手な格好をしていたのだが、こんな奇抜な格好をするよりももう少し普通の格好をした方が、相手にとって隣を歩きやすい存在であれるのではないかと思うようになった。もともと髪を伸ばし始めたのもふとした思いつきだったし、切ることに抵抗はなかった。ただ、男性的な髪型にはしたくなかったので、instagramで中性的な髪型を調べてハンサムショートに行き付き、それが得意そうな美容師さんを探した。次第に化粧をしなくなり、服装はファッションインフルエンサーのげんじさんを参考にメンズのものをuniqroやGUで買うようになった。
私はもともと恋バナが大好きな人間なのだが、大学生になると恋愛の話に性の話はどうしたって絡んでくる。友人や先輩の性に関する話を聞いて色々と考えることになるし、私自身色々と悩む中で宮台真司氏などの性愛・恋愛論に触れるようになる。そうしていくうちに、私の中のどうしようもない男性性や欲求についても、そんなもんかなのかもしれないと思えるようになってきたのだが、最も決定的だったのはきっと恋人とのやりとりだった。恋人は性のにおいがしない人で、その意味で私の対極にあるような人なのだが、あるとき私は恋人に、「私があなたに性的な欲求を向けていることを、あなたは怖く感じるだろうか」と尋ねた。恋人は、怖くないといえば嘘になるが、それを抱くのはきっと自然なことだし、嫌ではないと言った。そうしたやりとりを行なっていく中で私の心は解けていった。
大学3年生の夏にあった読書会で、M. クンデラの『存在の耐えられない軽さ』を読んだ。私は主人公であるトマーシュに自分を重ねて読んだ。トマーシュはパートナーがいるにも関わらず、遊び癖が抜けずにいろんな女性のところを渡り歩いてはパートナーを悲しませるという、とんでもなくどうしようもない人間であった-最後までそのままだったのかどうかについては物語の根幹に関わってくるので、関心のある人は自分で読んでみてほしい-。もちろん私はそんなことしないけれど、彼の「どうしようもなさ」に慰められたのだ。トマーシュは自分のしていることの正しくなさを自覚していた。しかし、それでもやめることができなかった。程度の大小や実際の行為に違いはあれど、人にはきっとそのような性質がある。正しくないと分かっていても、愚かしいと分かっていても、人はきっとどこかで「情念」に突き動かされてしまう。そんなところがある。
私が他者に向けて抱いている感情は、きっと純度100の美しい親愛ではない。そこには濁った欲求や歪んだ気持ちが入り混じってしまっている。私が聖人でない以上それは避け難いことであるので、仄かな後ろめたさを感じつつ今日も私は様々な他者と交わって生きていくのだろう。そのことを実感を持って理解することができ、ようやく私は私の男性性を受け入れられるようになりつつある。
ずいぶんと大変な回り道をしてきてしまった-し、なんならまだその渦中にあるともいえる-。もう少し素直にすくすくと育つことができたらさぞかし楽だっただろうとは思うが、これがあって今の私が優しい人であれているなら、きっと必要な過程だったのだろう。ただ、高校生時代の写真を見返すと、髪型のあまりの無造作さにため息を付かずにはいられない。もう少しヘアケアなりヘアセットなりしておけばよかった。それだけが心残りだ。