睡眠が足りていない。ぼんやりしながら帰路に着く。
これまで私はある他者を「アセクシャルかもしれない」と眼差していたが、私が「ロマンティック・ラブ・イデオロギーに染まり切ってしまった人」と眼差されうることには気づいていなかった。特定のイデオロギーに浸かってしまったとき、そこからの転向はいかにしてなされるのだろうか。
水曜の研究室で今年のゼミ論文の案を発表するので、その資料を作らなければならないのだが、いかんせん寮は暑い。部屋を冷やそうと思うとブレーカーが落ちてしまう。仕方なく大学へ行く。経済学部図書館は涼しい。2時間半くらい、途中に散歩やおやつを挟みつつ、手を動かす。概ねできた。ゼミが楽しみ。
夜は同期と飲みに出かけた。いい時間になった。
立てた計画が予定通りに行かないとそわそわしてしまう。特に人を巻き込んでいる場合は。諦めて割り切れたらいいのにね。ずっとそこに固執してしまう。それがなければ30分くらいは早く眠りに着けたのではないかと思う。
『歴史認識を乗り越える : 日中韓の対話を阻むものは何か』(小倉紀蔵, 2005) を読み進めた。父の-あまりに右傾化している父の-怒りが根元がどの辺りにあるのか、少し見えてきた気がする。