何月のことか忘れたが、新紙幣を最初に手にしたのは美容院で支払いをしたときのことだった。私があまりにも物珍しそうに眺めてしまっていたのだろう、店員さんに新しいですよねと笑いかけられてしまった。鮮やかな色、初めて見る顔、ピンと張った紙質。そんなふうに新しさを感じさせていた紙幣は今日、コンビニのATMからひどくくたびれた姿をして出てきた。
同じフロアに住む友人が部屋の前を歩いて行った。彼の足元に目をやると靴下から親指が元気に顔を覗かせていて、私はなんだか安心したのだった。
ある実験バイトに参加した。白くて仄暗い部屋で単純作業を延々と繰り返すものだった。金のためにやり切ったものの、後半は早く解放してくれという思いでいっぱいだった。拘束時間に対する謝礼は悪くない額だったものの、もう少しくれったっていいじゃんねと思いながら腹を空かせて寮へと自転車を飛ばした。そのアマギフで何を買おうか。少し悩んで、選ばれたのは紛失防止タグでした。寒空の下、1人で財布を探して彷徨い歩くのはもうごめんだ。
友人が窓の外にスマホを向けて写真を撮っていた。何を見てるのと聞くと、彼は紅葉が綺麗なんだと言って笑った。曇ったガラスが邪魔だったのだろう、窓を開けたらそのはずみで額縁に乗っていた洗面道具が床に飛び散り、私のジーンズにもシャンプーが跳ねた。さっきまであんなに楽しそうにしていた彼は、最悪だと口にしながら後片付けを始めた。
こういうことって、ある。うきうきしていて、周りが目に入らなくなってしまって、ぱっととった行動が惨憺たる結果を招いて、さっきまでのハッピーが一転してひどい気分になってしまうことが。洗面道具を落とされた人にとってみればとんだ災難でしかないけれど、私は少し嬉しさを感じながら一緒に床のものを拾ったのだった。
さっきからずっとほのかに甘い匂いが漂っている。