憐憫

作り話作曲創作

私が親元を離れたのは大学生の時である。片田舎から上京する折に家を出て、そのままこちらで就職し、数年が経った。実家に顔を見せに行かなければと思う一方で、地元にいい思い出がなくて帰省を億劫がってしまう。根無し草のように、ふわふわと暮らすことのできる都会を私は気に入っている。

とはいえ、親と全くやり取りをしないわけではない。年に数回、面倒くさがりの私の身を案じてダンボールいっぱいの食べ物をくれるたびにお礼の電話をするし、年が明けたら新年の挨拶の電話をかけるようにしている。しかし私からそれ以上積極的に連絡を取ろうとはしない。

私からの働きかけはそのようなものだが、親の片方からはときたま電話がかかってくる。翌日の朝が早くなければ話に付き合うことにしている。正直なところ早くなくても付き合いたくはないのだが、なぜだか断ろうとしても言葉に詰まってしまう。幼い頃からの癖はそう簡単に抜けてくれないらしい。

表現や具体的な事柄に差はあれど、あの人の話はいつも同じだ。要は連れ合いが構ってくれなくて辛いのだという。何十年も、ずっと同じことを不満がっていて、私はそれを聞き続けている。そんなに嫌ならとっとと別れてしまえばいいじゃないか、あなたの子どもも独り立ちして暮らしているのだからあなたはもう自由だ、そう思いつつもずっといえないままでいる。

家庭以外に居場所を持てているならばもう少し心穏やかになるのではないかと思うが、あの人にとっても今更新しいことを始める気力がないのだろう。大学まで通わせてくれた恩義もあるし、いまだに私を気にかけてくれているのだからと自分を納得させ、今日もまた電話越しにぼやきを聞いている。

私が調子を崩してしまったらこの人の相手をしてやれる人はいなくなってしまうのだろうなという不安が、ときたま首をもたげてこちらを見ている。